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2003.08.03 返り咲き
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まだ行けるかな、という気もしなくもないが、ミッションオイルとデフオイルの劣化が進みつつある。ミッションは冷えているときの渋さが気になり始め、デフは効きがマイルドになってちょうど良い(笑。しかしまだ交換してからわずか1ヶ月弱という短期でこうまで変化するとは。その間に練習と競技とを合わせて4回こなしているとは言え、さすが競技専用オイルと謳うだけのことはある。
早速ガレージHRSに電話をしたが、梅雨が明けた日曜日の午後に、今日の今日ではもうピットが空いていなかった。今度はタイプNSを試してみようと思っていたのだが来週はまた練習〜競技になるのでどこかで交換しないと仕方がない、オートバックスでいつものWAKO'Sに戻すことにした。今回もHRSに持っていこうと思ったのにはもう一つ理由がある。先日ガレージHRSでオイル交換してもらったとき、ミッションドレンパッキンがねじ切れていてオイルがにじんでいる、と報告された。HRSは新品のパッキンを入れてくれてその後は問題なかったのだが、原因となったのは今回と同じ、前々回のオイル交換の際に持ち込んだオートバックス東名横浜店での作業であった。どうも新人のピットクルーに当たると杜撰(ずさん)な作業とは違う、何か慣れない作業による不具合が発生することが以前にもあったのだ。彼らがもう少し経験を積むまで、他のショップを覗いて回っても良いかな、と思っていた。
その旨をキャッシャーで伝える。手書きで「ドレントルク3kg」。オートバックスの店員はちゃんと整備書を調べて伝票に適正トルクを書き入れ、ピットに回してくれた。そうそう、こういうところで客は信頼できる店かどうかを判断しているのだ。
ミッションは例によってRG7590LSD、デフには今回初めてRG5120LSDをチョイスした。これまではTOTALのレーシング等を入れていたのだが、某KENTAさん(後日改めて登場する)のアドバイスでデフオイルについてはちょいと探索モードに入っているのだ。
ミッションオイルは多少寿命が短くてもレッドラインのライトウェイトショックプルーフのまましばらく行くつもりだった。何しろ鳴かないし軽い。もちろんWAKO'Sが悪いわけではないのだが、無理をしたときの余裕が全然違う。ミッションのナラシが完全に終われば今よりは期間も長く使えるだろうから、これまでのインターバルとさほど変わらずに入れ続けられるであろうと予測している。だから恐らく、ミッションオイルは次回の交換でレッドラインに戻すと思う。
フィーリング、ということで言えばデフに入れたヘビーウェイトショックプルーフも似た感覚だが、こちらはいずれにしても別の銘柄を探さなくてはならない。効きや寿命ではない。問題は、その音だ。とにかく、あまりにも強烈に作動音を発しすぎる。競技走行の時だけスイッチオン、みたいな使い方が出来る物なら便利で良いのだが、デフではそうもいかない。あなたが俺と同じように早朝〜深夜にマンションの駐車場に出入りする必要性がある場合には、ちょっと難ありと言わざるを得ない。と言っても、今日入れたWAKO'SのRG5120LSDも、作動音に関してはそれほど静粛なオイルとは言えないようだが。
今日の走行は118km、累積6,166km。
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2003.08.09 未知の世界
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今日はパワートレーニング41、久々の全日フルメニューでした。台風の影響か、お申し込みされていた方が2名、それと当日エントリーとご連絡をいただいていた方が1名、来られませんでした。私を含め、総勢37台で走行いたしました。
会場に着いたまだ早い朝の内、強い風に混じってパラパラと雨が降ってきました。様子を見ていると小降りになり、やがては止んでしまいました。それから準備を進めていく内に次第に空は明るくなり、コースを作って受付をする頃には青空まで見えるほどでした。8時きっかりからセクショントレーニングを走り始め、9時からタイムアタック。走り出して数十分はセミウェットでしたが、それもやがて乾いて路面は完全にドライ。これはラッキーです。パイロン修正をお手伝いいただいた参加者の皆さんのお陰もあり、11時40分頃には最初の6本を走り終えました。お昼過ぎにまたパラパラと雨が降り出し、一時は何かを思いだしたようにバーッと雨足が強くなりました。それでも絶妙にパイロンタッチをしないで本数を稼いでくださる参加者の皆さん(笑)。そして鬼のように迅速にパイロン修正をしてくださるアルバイトの皆さん(笑)。そんな皆さんのおかげで早々に規定の15本を走り終え、時間的にはもう1本を走れるくらいの余裕がありました。しかし台風の行方が分からず、もしも暴風域に入ったらまずいと思って最後の20分程度を残して早めに走行を切り上げさせていただきました。
さーて、本題です。
YOUが仕事でお休みのため、私自身はコース監視であまり本数は走れませんでした。が、最後のスティントで「横に乗ってください」と声を掛けていただいたのはTSCC最強軍団(別名:全日本玉砕連盟)の一員であるMR2ふみさん。先日の関越で、ラジアルタイヤのくせに(笑)Sタイヤを履いた私と180SXばんち氏を1秒差で追い回す驚異の実力の持ち主です。もちろん喜んで乗せてもらいました。「私の走り方は変なんです」と宣言して走り出したふみさんは、確かに驚愕のドライビングテクニックの持ち主でした。一言で言ってしまえば「セオリー無視」。だって誰もがビビリペダリング(笑)にならざるを得ないようなヘビーウェットの路面で、とにかくバンバン踏んでいくのです。アクセルもブレーキも容赦無しに。しかもほとんどサイドを引きません。アンダーが出てもオーバーが出ても基本的にお構いなし。グリッとステアリングを切って踏む!ほらアンダー、と来た瞬間にステアをちょいと戻す。ステアはそのままでまた踏む!ほらオーバー、と来る瞬間にカウンターをちょいと当てる。書いていてまるで嘘みたいですが、本当にそういうドライビングなのです。それでもクルマはグイグイと前に出ます。そしてギュウギュウと止まります。驚きのあまり声も出ません。ゴールタイムは57秒80。バッシャバッシャと水溜まりを越える音が車内まで聞こえるこの路面状況で1分を切るというだけでも驚異なのに、この人は(くどいようですが)ラジアルタイヤでこのタイム。いくらSW20はトラクションが掛かると言ったって、こんなに踏んで良いものでしょうか。それにブレーキだってガスガス踏んでいます。でも現実に羨ましいほどの好タイムが出てしまっています。とっても驚いた、ということをベラベラと意味のない言葉で綴りながら連続同乗を迫る私(笑)。いや、正直に言って、もう一回見たかったんですよ。マジで。今度も57秒台。濡れた路面を嘲笑うかのような、嘘のようなその乗り方で、同じタイムを連発してくれます。
ご本人としては筑波で思うようにタイムが伸びないことを悩んでらしたみたいで、私ごときでも何らかの助言を求められていたようです。しかし申し訳ないことに、本当に何もアドバイスすることが出来ませんでした。ごめんなさい。だってコース上のありとあらゆるセクションで、明らかに私よりも速く走る方法を知っていらしたから。助手席から飛び降りて3本目は外から拝見しました。これまでは(危なくないかな〜)という監視人の目で見ていたので気付きませんでしたが、今度はハッキリと分かります。危うく暴れ ...そうで戻る。ああっそれじゃスッポ抜け ...そうで戻る。一ヶ所だけオーバースピードによるブレーキングアンダーがありましたが、それでも58秒48。
もう走行時間も終わりになろうとしていますが、何だかムズムズしてきました。横に乗っているときは(この乗り方はSW20だから可能なんだ)と思っていましたが、その感覚を身体に再現している内に、何となくFDでもいけるような気がしてきたのです。「1本だけ走るから」とオフィシャルに伝えてFDをスタートラインに着けます。
オーバーは戻りづらいのでカウンターも早め・多めに、アンダーは消しやすいのでクルマを騙す程度に。ふみ氏のドライビングを、車種の違い分だけ修正してそのままコピーします。そうです、コピーです。ハッキリとそう自覚してクルマをスタートさせました。奥の2本パイロンを括るところは立ち上がりで焦って踏みすぎてハーフスピン。中央の大きな4本パイロン1周でもカウンターが遅れてテールを逃がしてしまい、真ん中から最後までドリフト。そんな失敗を交えつつ、始めて挑戦した「ふみ式グリグリ走法」(いま命名)は、なんと2ヶ所しかサイドを引かずに走り終えました。これまでは6ヶ所、少なくとも確実に5ヶ所は引いていたのに、です。へーえ、それはビックリですね。で、結果は?と聞かれて答えるタイムは − 56秒70。自分で言うのも何ですが、恐ろしく速いです。いや、嘘だというなら走りに来てください。水まいて差し上げますから。あ、でもそれは他の参加者が迷惑ですね。でも虚勢ではなく、あの路面状況で、あの路面温度で、そう簡単に出るタイムじゃありません。あんまり嬉しかったので、クルマから降りるのももどかしく、って本当にクルマに乗ったままお礼を言いに行ってしまいました。ふみさん、その節は失礼しました。
というわけで、あまり練習にならないはずのパワトレ一人回しの雨の日は、ふみさんから最後の最後にとっても素敵な宝物をいただいてホクホクしながら帰りました。夕飯に立ち寄ったレストランでも、隣の席の人にまでコトの次第を説明したくなるほどの喜びようだったんですよぉ。
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2003.08.10 未熟者
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相模湖ピクニックランドで開催されたJMRC神奈川シリーズ第7戦。俺の参戦するN3クラスへの参加台数は今年度のシリーズで最多の11台。その50%を超えない6台まで、つまり5位までが入賞となるチャンスでした。昨日のパワトレでは最後に良い感触の走行が出来たこともあり、そこそこ自分に期待をして会場入りしました。が、セッティングの詰め、および読みの甘さと走り込みの不足でギリギリ章典外の6位、という残念な結果に終わりました。
今回はJMRC神奈川部会々長の諸角氏率いるルーキーの主催です。参加総台数は134台。既にシリーズも終盤に差し掛かり、前回でチャンプの決まったクラスもありますからまずまずといったところでしょう。
コースはその台数を捌くために第5戦と同様、やや短くなっています。スタートして広場の半分くらいを1周回り、8パイロンから左奥の4パイロンへショートカット、8の字崩れで3パイロンを折り返してまた8パイロンまで戻り、5・6・7パイロンのオニギリを回って再度4パイロンへ向かいます。そこから10パイロンへ下ってスラローム、最後の12パイロンを270度回ってゴール前13パイロンで右100度。といった具合です。
慣熟走行は51秒台。どうもリズムが掴めません。コースの、ではなくてクルマのリズムです。同クラスの他車も今回はずいぶんとタイムにばらつきがあるようですが、乗れている人はやっぱり速くて48秒台に入っています。昨日のパワトレのように、ウェットではそうっと踏むことでそれなりに制御できたブレーキも、結局ドライコンディションではどうにもなりません。ブレーキを踏んだとほぼ同時にフロントがロックしてしまい、ペダルを離すくらいに弱めないと解除できません。
多少挙動が怪しくなっても良いから曖昧にブレーキを残したい、と考えてフロントのショック減衰力とタイヤの空気圧を調整します。ターンインで相当オーバーになるはずですが、元々少なからず傾斜の影響もあるので気にしないことにします。そうして挑んだ1本目はやっぱり51秒台。トップは47秒台に届いていますから何と4秒差!ショックとタイヤのセッティングは大ハズレでした。ブレーキの唐突な効きを少しでも緩和するどころか、ロック/リリースの制御を離れて勝手に路面を掴んだり離したりしてしまいます。つまり、どアンダー。上手くいったのは中央のオニギリターンくらいでしょうか。
どうせこのままいったら入賞もへったくれもありません。まずは先ほどハズしたフロントショックとタイヤのセッティングを元に戻します。そして一か八か、競技走行2本目の直前にフロント外側のみをノーマルパッドに戻して走りました。材質皮膜も形状的なアタリも付いていない状態でのぶっつけ本番ですから1コーナーはヘロヘロ、サイドターンセクションでもペダルを蹴っているような状態でしたが、それでも替えないよりはマシと思えました。そのくらい、元の状態では前後バランスが悪かったのです。2本目で最大のミスは中央のオニギリターン。慣熟ではブレーキロックによるアンダー、競技1本目ではサイドを引いて小さくスライドで回しました。競技2本目でもサイドを当てて、と考えていたのにその場に差し掛かってみたら急に不安が。なぜってショックの減衰もタイヤのエアもブレーキも、1本目と全て違うセットだと思い出してしまったからです。結果「サイドを引くはずだったのに引かなかった」という中途半端なブレーキングになってしまって大回り。立ち上がりでもまだ戸惑いが残っていてちゃんとアクセルを踏めていません。他車との比較(ビデオを見てみてください)をしてみると、このセクションで軽〜く1秒以上千切られています。おまけに続く4パイロンでも寄り切っていません。というより、サイドターンセクション全てが甘く、ハッキリ言えば下手になりました。4パイロンでの2回、12・13パイロンとも、満足のいくような出来ではありませんでした。49秒642。せっかくファーシーさんやふみさんからいただいたアドバイスも全く活かすことが出来ず、トップからまた2秒も離されて競技を終えました。
帰り道では一般道の走行でアタリが付いてきたのでしょう、外側だけノーマルに戻したフロントブレーキも段々とタッチが良くなってきました。次は最初からこれで行ってみようと思います。そしてパイロンへの寄り、これを以前と同じレベルまで引き上げないと勝負になりそうもありません。幸運にも、次回のパワトレが1週間後に控えていますので、ここでまた一つ何かを掴みたいと思います。
この2日間の走行は378km、累積6,544km。
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2003.08.15 負け犬の挨拶
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車体不具合による3ヶ月半に及ぶ競技生活のブランクは、想像以上に過酷なシリーズ展開を俺に突き付けます。ほとんどハチロクの進化と共に走ってきた俺にとっては、車種を乗り換えるだけでも一世一代の大博打だったわけです。ただ突然にA車のクラスに乗り込んでいっても、クルマへの慣れ、自分なりのセッティングを出すのに1年は掛かってしまう。その1年を有利な戦績と共に終えるために、今回の乗り換えは計画されました。
車両規則の大幅な変更にタイミングを合わせ、仕様変更ではなく車種ごと参戦クラスを変えてしまう。それも従来の車両規則で主力だった車種が継続では走りづらく、経済的にも最も新車投入の少ないクラスへ。N3は、タイヤサイズで劣るSW20以外には旧レギュレーションからの移籍組がほとんどなく、主力と見なされるFD3SもAP1も新車価格が300万円を超えて手を出しづらく、しかもこれまで自分が乗ってきた後輪駆動車に限定された、これ以上は無いという好条件を備えた理想的なクラスでした。N規定に対応した足回りやブッシュの在庫、販売予定等も予め調査してありました。昨年11月17日に契約した黒のFD購入は、誤解を恐れずに言えば、いわば戦績を金で買う、といったニュアンスに近い決断でした。年齢的にも社会的な要求から言っても、俺はあと数年しか走れません。出来るだけ短い期間で結果を出す必要がありました。例え今は、頂点まで最も遠いスタート地点にいるとしても。
3月の初旬から車体の不具合に関して関東マツダと交渉をしている期間、何度(ほかの店で別のタマを買ってしまおう)と考えたか分かりません。そうすれば取り敢えず競技走行を続けることだけはできますから。もちろん、そんなことをすれば個人経済的に破綻するのは目に見えています。その程度の冷静さは失わずに済みましたけどね。6月7日に代替車として銀のFDが納車されてから、機会の許す限り練習・競技を重ねてきました。20日間で慣らしを終え、同28日に霧の日本ランド、29日には神奈川5戦、7月5日NEXTのNコース、19日パワトレ40、24日TSCCin関越、27日神奈川6戦、8月9日パワトレ41、そして10日の神奈川7戦。約2ヶ月で8回はかなりのハイペースと思われるでしょう。強引に仕事の予定をねじ曲げたりもしました。それでも、たったの8回です。シーズン当初から走り続けている同クラスのライバル達にはウデが全く追い付きません。
あまりにも情けない結果に、参戦を待っていた、と言ってくれたTerraさんや某えんどさん、そのほか応援してくれる皆さんとはまともに目を合わせて話すのも辛いほどです。ジムカーナを始めて延べで8年になりますが、こんなに辛い思いをして走るのは初めてです。今年に入ってからは毎戦、競技会の前日は緊張でほとんど眠れません。自分の走りがイメージできない以上、イメージ通りに走ることなど到底不可能なのに、それを分かった上での参戦だからだと思います。
それでも、走りたい。それでもまだ、みんなと走りに行きたい。そう思えるのは、こんな俺にアドバイスをくれる方々、相談に乗ってくれる方々、会場ですれ違う方々、そしてこのサイトに来てくれる全ての方々のお陰です。皆さんに、心から感謝の辞をお伝え申し上げます。
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2003.08.18 楽しく走ろう
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8月17日は追加開催のパワトレ41.5。当日エントリーの方を含め、総勢35名での走行でした。早い段階からやや天候不順が予想され、一週間前から天気予報とにらめっこしておりました。が、当日は朝と昼過ぎに気紛れな雨がぱらついた程度で、おおむねドライ+薄曇りの走りやすいコンディションとなりました。
今回はいつもお願いしているオフィシャルの方々が誰一人として掴まらず、当日の朝になって参加者の方から6名の方にオフィシャル兼参加者としてお手伝いいただきました。皆さんご快諾いただけて本当に助かりました。ありがとうございました。また、オフィシャルとは関係なく、ご自分の手の空いているときにパイロン修正等のご協力をいただいた方も大勢いらっしゃいました。篤く御礼申し上げます。おかげさまでセクショントレーニング約55分、タイムアタックは何と17本を走行することが出来ました。ただ、初参加の方が最初の走行グループに組み込まれてしまったり、ダブルエントリーの方が連続したグループに割り振られていたりと、組分けには若干の問題がありました。次回以降、改善させていただきます。
さて。前回のパワトレ41で「ふみ式グリグリ走法」を垣間見た私は、今日はそれを磨き上げて更なるテクニックの極みへ登り詰めようと、心に炎を燃やして会場に入りました。セミウェットの路面での最初のアタックは57秒台。まずまずのスタートです。大粒の雨がバラバラとルーフを叩き、路面はしばしヘビーウェットに。ここでも「ふみ式」をああでもないこうでもないとこねくり回して最終的には55秒26まで切り詰めます。そうこうしている内に雨は上がり、見る見るうちに路面はドライへ。フロントタイヤの抵抗感やヨー方向のGに注意しながら、それでもそれらにビビることなく踏んでいった方が速いことが分かってきました。これは関越でファーシーさんに教わった「駆動輪の押し出し感」を最優先に意識することで、段々と自分の中に「それ用」のセンサーが発達してくるのが自覚されます。これにJay氏から伝授された「踏んでる音」の出る踏み方を数滴垂らし、ビーカーの中で良く攪拌します。全体が淡いピンク色になったら「YOUへの対抗意識」を燃料にしたアルコールランプで熱すること十数分 ...出ました。51秒64。パワトレ40でYOUが叩き出した51秒46にはわずかにコンマ18秒届きませんが、その日54秒を切るのが精一杯だった私としては実に嬉しいタイムです。本当に色々な人にお世話になりながら、あれから1ヶ月でやっとここまで乗れるようになりました。神奈川戦のシリーズチャンプはもうTerraさんに決まってしまったし、今更 ...などとは、不思議なことに思いません。やっぱり、「自分のクルマを速く走らせることが出来るようになる」という基本的な事の方が、私にとっては重要みたいです。
今日の走行は173km、累積6,717km。
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2003.10.01 バラ色の日々
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皆さん、いかがお過ごしですか?なんだか最近、エディさんおかしくない?とお思いの方もいらっしゃるでしょう。というか、大半の方がそうお思いかも知れませんね。ご心配をお掛けして申し訳ありません。僕は元気です。
詳しい事情は割愛しますが、僕は一旦クルマを降ります。いつか必ず帰ってくる、という約束は守りますが、少なくとも来年はジムカーナ会場に顔を出すことすら無いでしょう。次に走り出すのは再来年か2年後か分かりません。5年後、いや10年後かも知れません。YOUも来年は活動を休止するでしょう。そのためジェニファー自体が2004年はお休みとなります。詳しくは本人から発表があると思います
...。
僕自身のことに話を戻します。今年の終わりまでは他の競技会や練習会に参加する確率はゼロに等しいので、ジェニファー主催の残る4イベント、10月26日“筑波3走”Vol.02、11月3日「日光DE猿走会」Rd.6、11月23日「パワートレーニング44」、そして12月23日“筑波3走”Vol.03で全ての走行を終える予定です。“筑波3走”Vol.03がFDでのラストランになります。
ジムカーナ練習会の主催と同時にこのサイトを立ち上げてから5年。イベントの企画をし、募集をして書類を刷り、会場を準備して一緒になって走る。改良を加えて皆さんにご紹介し、集まってまた走る。月日は飛ぶように過ぎていきました。メンバーの皆さんの多大なるご理解とご協力のお陰で、とても個人とは思えない質と量のイベントを実現できました。その一つ一つがまるで、大輪のバラの花のようでした。大きく、そして綺麗に花を咲かせるように、大切に育ててきたつもりです。メンバーの皆さん、スタッフに入ってくれた皆さん、掲示板やメールでメッセージをくれた方々、そのほかこれまでに関わった全ての人々へ、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
現実的に考えて、今走っていらっしゃる皆さんと再会できる確率はとても低いと思います。それでもいつかまた、皆さんのキラキラする瞳にお会いすることを夢見て。どうか楽しいカーライフをお過ごし下さい。では、また。
プライベートカークラブ・ジェニファー 今後の予定
2003年
10月26日(日) “筑波3走”Vol.02
11月 3日(祝) 日光DE猿走会Rd.6
11月23日(祝) パワートレーニング44
12月23日(祝) “筑波3走”Vol.03
2004年
活動休止(再開未定)
沿革
年
年内/延べ主催回数 |
活動内容詳細 |
| 1987年 |
カークラブ「Jeniffer」設立
ツーリング等の活動を開始 |
| 1988〜96年 |
断続的に活動を継続、年末年始のロングツーリングが数年間の恒例となる
1993年からクレバーレーシング主催の「BPスーパートライアル」に参戦開始 |
| 1996年 |
某主催団体と会場にて乱闘事件勃発
BPスーパートライアルシリーズ参戦 |
| 1997年 |
ジムカーナ自主練習会開催.メンバーのみで走行
BPスーパートライアルシリーズ参戦 |
1998年
2/2回 |
サイト立ち上げ(ジオシティーズ内)
ジムカーナ練習会主催開始
BPスーパートライアルシリーズ参戦 |
1999年
5/7回 |
ジムカーナ練習会
5回開催
BPスーパートライアルシリーズ・筑波サーキットビギナーズジムカーナ参戦 |
2000年
11/18回 |
ジムカーナ練習会
11回開催
※第9回から名称を「Power
Training」に改訂。
BPスーパートライアルシリーズ・筑波サーキットビギナーズジムカーナ参戦 |
2001年
13/31回 |
「jennifer.jp」ドメイン取得
ジムカーナ練習会「Power
Training」
12回開催
※内1回は「Power
Training
GOLD」と称し全日本A1チャンプ矢島選手を迎える。
ジムカーナ競技会“筑波3走”Vol.00開催
BPスーパートライアル・筑波サーキットビギナーズジムカーナシリーズ参戦 |
2002年
18/49回 |
ジムカーナ練習会「Power
Training」
10回開催
※内1回は「Power
Training
GOLD」と称し全日本A1チャンプ矢島選手を迎える。
ジムカーナ練習会「パワトレMANIA」(清里ステージから改名)
4回開催
ジムカーナ競技会“筑波3走”Vol.01開催
サーキット走行会
日光DE猿走会 3回開催
BPスーパートライアル・JMRC神奈川ジムカーナシリーズ等スポット参戦 |
2003年
17/66回 |
ジムカーナ練習会「パワートレーニング」
8回開催
ジムカーナ練習会「パワトレMANIA」
4回開催
ジムカーナ競技会“筑波3走”Vol.02、Vol.03開催
サーキット走行会
日光DE猿走会 3回開催
JMRC神奈川ジムカーナシリーズ参戦 |
| 2004年 |
活動休止 |
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